ディレクター・貞末哲兵

2020年4月7日緊急事態宣言が発令された。僕はそれから二日間、自宅に籠り、何もしなかった。
その間、間違いなく世界は、これまでのものとは異なっていくというイメージを持った。世界の経済は崩壊し、今までの人生ではなくなるのである。

振り返ると、21世紀の人類は移動し過ぎたのであろう。例えば東京からナポリまで約1万キロメートルの距離がある。
飛行機に乗れば約15時間で到着する。時速6キロで歩けば、1666時間、日数にして70日かかるのである。ただ、日本は島国であるから、徒歩だけではナポリに行くことはできない。

飛行機の出現、更に格安で高速移動出来るLCCの登場は人類の移動スピードを格段に変えた。
移動というのは、元来、特権的なものであり、かつてコロンブスがアメリカ大陸を発見して、その名を残した通り、移動出来たのは選ばれし者だけであった。
21世紀の人類は移動し過ぎたのであろう。その反動がウイルスとなって人類を襲ったのだ。

人間にはありとあらゆる意味で限界がある。その限界を越えれば引き戻そうとする力が働くのは、ある意味当たり前であり、人間が生物である以上、避けられない宿命なのである。

僕は緊急事態宣言の三日後、街に出た。街は劇的に変わっていた。
街を歩く人はいない。レストランは閉まり、人の流れがここまで止まった街を見たことがなかった。世界は変わってしまったのだ。
おそらくもう、今までの世界は、二度と戻ってこない、僕はどこに行けばいいのか。鎌倉シャツはこのまま終わるのだろうか。自らに問いかけてみた。僕は貞末良雄と貞末民子の意志を継いで、世界を変え、人々のライフスタイルを向上させる人間ではなかったのだろうか。
人類の力では到底太刀打ち出来ない外的要因によって僕は死に、鎌倉シャツは死ぬのだろうか。
輝いていたニューヨーク、東京、そして今後の未来を作るであろうと思われていた上海はどこに向かうのか。
お客様のために、そして自分自身のために、僕はどこに向かうのか。どこで仕事をするべきなのか。
ナポリなのか?ボローニャ?またはニース?徹底的に自分に問いかけてみた。分からなかった。でも僕は鎌倉に向かった。
何のあてもなく、何の目的もなく、誰も歩いていない鎌倉へ。

〜人がいない鎌倉は生きていた。〜

世界は終わりへと向かい資本主義は崩壊しようとしている。だが、今まで見た事のない静寂を放つ鎌倉は、終わりへと向かうのではなく、充電しているかのようだった。静寂を力に変えられる街が他にあるのだろうか。僕は134号線に出た。海はかつてないほど美しかった。
今までの美しいブルーではなく、その色はエメラルドグリーンだった。奇跡的な色をしていた。街の静寂さと、かつてない美しさを見せる海を見た時、鎌倉こそが全てになると確信した。

憧れ、届かないと追ったイタリアは、ロックダウン下にある。サルトリアの文化は、厳しさを増すであろう。
世界の危機において、この文化に必要性はない。スリムフィット、体に沿った服が今後必要になるのだろうか。そんな事より生き延びる術が必要なのかもしれない。生きなければ、ファッションもへったくれもないのだ。

お洒落は、世の中の傾向を分析し、捉えることではなく、ライフスタイルを指すのだ。
ナポリやロンドン、東京でクラシックファッションを語っていた優れた人達は一瞬で置き去りにされた。これが今世の中のファッション業界で起きている基本的な現象である。今後のファッションは間違いなく変わる。だからと言って、単純なライフスタイルウェアをやっていても駄目で、ファッション性だけ追求するだけの服はさらに淘汰されていくのは間違いない。ただ着るだけの服でもなく、お洒落なだけでもない服を作ることが重要になる。

もちろん、ヨーロッパやアメリカの焼き直しやコピーほどダサいものはない。
鎌倉シャツだけの本当の意味でのオリジナルを作るのだ。世界のどこにもなく、誰にも出来ないスペシャルを鎌倉シャツ創業の地で作る。
日本のどこでもなく、鎌倉という地に根を張り、地元の方に支援されて作り上げる新生鎌倉シャツを引っ提げてもう一度世界と勝負するのだ。
日本のテクノロジーは素晴らしい。だが、テクノロジーだけでは人々を喜ばすことは出来ない。お洒落なだけでもなく、テクノロジーだけでもなく、トラッドやイタリアンクラシコだけでもない。新しい鎌倉シャツがここ鎌倉からもう一度スタートするのだ。

2020年8月31日
新しい鎌倉オフィスにて
貞末 哲兵